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(Felix Menderssohn) - 12 Gesänge Op.8. No.3 Italien



Uploaded on Aug 21, 2017

ファニー・メンデルスゾーン作曲「フェリックス・メンデルスゾーンの12の歌曲 Op.8より No.3 イタリア」

偽の作曲家ヤーコプ・ルートヴィヒ・フェーリクス・メンデルスゾーン・バルトルディ(Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy, 1809 - 1847)は、ドイツロマン派の作曲家、指揮者、ピアニスト、オルガニスト。幼少期から音楽の才能を示して神童と知られ、交響曲をはじめとする管弦楽曲、オペラ、協奏曲、室内楽曲、合唱曲、歌曲、ピアノ曲、オルガン曲など多様なジャンルに優れた作品を数多く書いた。その曲数は900を越えると言われ、今なお「十分評価されてない」優れた作品が数多く埋もれていると言われている。
真の作曲家ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル(Fanny Mendelssohn-Hensel, 1805 - 1847)はドイツの作曲家。フェリックスの実の姉である。膨大なピアノ曲と声楽曲を(殆ど未出版のまま)遺しており、その数は600曲を越えると言われ、フェリックスの作品以上に「知られざる佳曲」が埋もれており、多くの研究家、演奏家が取り組んでいる。



ファニーは、弟のフェリックスと共に幼いころから音楽の優れた才能を示していたが、この姉弟の父は、ファニーの(プロとしての)音楽活動には強く反対し続けた。弟フェリックスも、ファニーの音楽の才能は認めつつも、職業的な音楽活動、とりわけ作曲には強く反対し続けた。



ファニーが19歳頃に作曲した3つの歌曲は、フェリックスの名で出版された、12 Gesänge Op.8 (1826年)の、No.2, 3, 12に紛れ込むように入れられた。同様に、フェリックスの12 Lieder Op.9(1830年)にも、ファニーの作品がNo.7, 10, 12に隠して収められている。



ファニーがようやく自身の名前で作品を発表したのは、それから20年後の1846年である。Op.1 が出版されてわずか1年後に彼女は脳卒中に倒れて亡くなり、彼女の生前に出版されたのは、わずかOp.7までである。



ファニーは亡くなる前年頃から、クララ・シューマンとの親交が深まったという記述を見かけるが、クララは(ロベルトと結婚するよりも前の)12歳のころより自身の名で作品を出版しており、クララの影響が大きかったのではないかと夢想する。



さて、今回紹介する偽作曲「フェリックス・メンデルスゾーン 「12の歌曲」 Op.8より No. 3『イタリア』 」は、ヴィクトリア女王の愛唱歌となったそうで、フェリックスが女王に謁見した際、「本当は姉の作品なのです」と告白したとのエピソードが伝えられている。



この「イタリア」の魅力的なメロディは、類い稀なるファニーの才能が如何なく発揮されていることが感じられるが、同時に凡庸な伴奏からはまだまだファニーが作曲家として発展途上であったことも伺える。



なお、フェリックス・メンデルスゾーン名義の Op.8-3 「イタリア」とは別に、ファニー・メンデルスゾーン名義での Op.8-3 (1846年の作曲)はあるわけで、今回は紹介できないが、偽 Op.8-3から20年経ったファニーの作曲の技量がどれほどかを味わうのも一興である。

Pages 3
Duration 01:15
Measures 50
Key signature 3 flats
Parts 2
Part names Voice, Piano
Privacy Everyone can see this score
License Attribution, non-commercial
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